第一章
1-1
降水確率ゼロの日はその日で八十二日目を数え、全国のダムは完全に干上がっていた。
政府は、飲料水の緊急輸入を地方自治体に指示し、海水淡水化装置を全県に設置することを決定したが、すでに時期を逸していた。巷では、泥水でも飲めるようにできるというゲリラ戦用の薬品が自衛隊から流出し、雨乞いの祈祷師がはびこり、民間の気象情報機関が繁盛し、建設省は計画中のダム建設を一気に推進しようとし、農水省は農業用水の確保に奔走し、厚生省と通産省は降って湧いたこのチャンスに海水淡水化装置建設予算を緊急計上し、輸入果物の価格が高騰し、風呂屋が潰れ、工場が操業停止に追い込まれ、山火事が頻発していた。
一ドル百円を割り込んでいた円は急速に円安に流れ、社会的インフラの基礎の基礎である水と食料の確保すらままならない、国家とも呼べないお粗末な実体が露呈し始めていることに国民は嫌でも気づかされ始めていた。
梅雨の季節になっても晴天の日々が続き、大陸から太平洋に至るまで列島はスッポリと高気圧におおわれ、国土には一滴の雨ももたらされることはなかった。ダムも、川も、森林も、畑も、人間の日々の営みも、雨が降るという大前提によって成り立っていることが人々の間に理解されようとし始めていた。
マスコミは、政策や、構造不況や、地価の下落や、就職難や、食管法や、住専問題や、沖縄米軍基地問題や、原発や、新興宗教や、教育や、芸能人のゴシップや、皇族の近況やの問題を打ち捨てて、水飢饉のニュースを大々的に先を争って取り上げた。今回の失態は省庁間の縦割り行政の生んだ人災であると断ずるテレビ局の報道もあった。だが、江戸時代から続く水争いや治水の歴史をおさらいしてみたり政府の非をあげつらってみたところで、人々の渇きを癒す役には立たなかった。
近代の歴史をいくらひもといて見ても、全国規模での水飢饉という前代未聞の事件は記録されていなかった。それもそのはずで、最も最近の死者を出すほどの規模の干ばつといえば一七七〇年の記録が残っているくらいであり、今世紀に入ってからの干ばつと呼べるほどの事件は、一九三九年と一九七八年が記録に残されているのみである。つまり、その年、一九九四年の事件は、二百年に一度起こるかどうかという長いサイクルを持つ自然の営みのなせる業であり、人一人のサイクルを超えて立ち現れてきた現象であることを意味していた。
その年の夏、全国の気象台は軒並み最高気温摂氏四十度以上を記録した。これは、気象台が初めて設置された一八七二年以降の最高気温であり、平均気温もまた最高を記録したのだった。
熱帯夜と真夏日が続いていることが連日報道されたが、干ばつという言葉は報道の中で使われず、水不足という言葉が使われていた。その理由は、米の成育に当面は影響を及ぼさないだろうという食料庁の見解を反映してのことだった。干ばつという言葉は、米の成育が妨げられたときにのみ使用されるようだった。その年の殆どの県の作況指数は一〇〇を超えており、豊作であることが予想されたため、干ばつという言葉を使用することが控えられたようだった。
前年、一九九三年は冷害の影響で米が不作であったために、年が明けて緊急輸入が行われると、一九七三年のオイルショック時のトイレットペーパー買いだめ騒ぎのような、米買いだめ騒動が起こった。食料庁はこれを反省して、早めに豊作宣言を行っていたのだったが、この豊作宣言も、一定の雨量があることを前提としていたことはいうまでもなかった。雨が降らなければ、成育した稲が立ち枯れることは予測に入れておくべきではあったが、前年の不作予想に端を発した失態を挽回するためにも、その年は豊作であることが必要であったことから、このような発表につながったようだった。
そして、新米が出回り始める頃になってもその年の作柄は豊作であるという評価は据え置かれた。前年にすでに契約していた海外からの輸入米を処理する必要もあったし、海外の米生産農家は前年以上の作付けを行っており、輸入枠の拡大を日本政府に対して要求していたからだった。その年の事態は国内の米生産農家にも影響を与え、その年までの減反政策は見直しを求められると共に一九四二年以来放置されてきた食管法の廃止が検討されることになった。
この頃になると南方には低気圧が現れ始めたが、太平洋側には依然として高気圧が居座り続け、台風は行く手を阻まれ九州南方から西に進路を取り、期待された降雨は全くもたらされることはなかった。
全国の水道は給水を停止し、地方自治体は輸入飲料水の割当て配給制を実施することになった。秋晴れのカラリとした天気が続き、日本はまるでカリフォルニアの空のように晴れ渡っていたが、その空の下に暮らす人々は陰鬱な気分に包まれていた。
新米が出回り始めたにもかかわらず、水不足のために炊飯がままならないため、結果として米食家庭は激減し、米価は安値安定し、政府の米政策は前年に引き続いてその年も失態を重ねたにもかかわらず、それが表面化することもなかった。
アメリカ政府は、日本に対する輸出食料の中心を米から小麦に切り換え、一九四五年以来の政策である日本の主要食料のパン食への転換を、国際化という、日本が標榜する政策を楯にとって推進するという方向転換をおこなった。
マスコミは、二百年前の歴史を調べはじめ、当時の干ばつは十年近く続いたことを突き止めた。そして、さらに、翌年もまた同じような状態が待っているのではないかと、いたずらに国民の危機感をあおり、政府の危機管理の杜撰さを批判した。
飲料水も工業用水も緊急輸入体制が継続されていた。海水淡水化装置の設置工事は急ピッチで進められ、年明けには各県で第一号機が始動する目処がたった。この動きと連動して、地下水に対する関心が高まり、湾岸戦争で職を失ったアメリカの油田掘削チームが招聘され、温泉と地下水の掘削に奔走することになった。市町村は温泉経営と飲料水の販売で潤ったが都市機能は麻痺し始めていた。企業は貿易黒字を工業用水と交換せざるを得なくなった。水を巡るトラブルは後を絶たず、すでに数十人の男女が水絡みの事件で死亡していた。水と安全は只という日本の神話は、たった一夏で終わりを告げたのだった。
1-2
芦沢がドアを開けて入っていくと、部屋の中に立ち込めた煙草の煙と肌に粘りつくような空気が顔を撫で、一瞬足を止めた芦沢に全員の視線が刺さった。
会議はすでに中盤に差しかかっている時刻だ。水不足に伴う、番組の緊急編成会議をしているはずなのだが、このところの、渇水によってもたらされた事件続きで活気づく報道部の勢いに呑まれっぱなしの制作部の会議が、盛り上がるはずがないことは芦沢には先刻承知の上での大遅刻だった。
松下制作部長以下、森副部長、林課長、CFプロダクションの山田社長、カメラマンの斎藤、アシスタントの西山、クライアントの木下課長、広告代理店の担当村田と全員が勢揃いして芦沢の方を睨んでいる。林課長が口火を切った。
「さて、芦沢君が練りに練ったアイデアを持って登場しましたので、まずは彼のプロデューサーとしてのプランを聞いてみたいと思いますが、皆さんいかがでしょう」
「ええ、構いませんが、その前に皆さんで話し合った結果からお聞かせ願えませんかね」
芦沢の答にクライアントの木下がムッとするのを見て広告代理店の村田が取りなすのを横目に、番組を実質的に制作してきたプロダクションの山田社長が要点をまとめる。
「この渇水で、川、湖、池は全滅です。これまではトータルにカバーしてきた訳ですが、とにかく、内水面はどうしようもない訳です。で、当然、海ということになる訳ですが、このような時期ですから、沿岸漁業の操業を妨げないことを考慮しませんと」
「うちは海用のタックルばかりじゃないんでね」
クライアントの木下が口を挟む。
「そうですねぇ、今流されているコマーシャルは淡水がメインですから、海水用は新商品で番組のスタートに合わせて撮影し直しということで」
「そんな予算ないよ、君」
「今度のチタンの分、あれなんかいいコマーシャルが作れそうなんですがねぇ」
この番組は、一社独占スポンサーで成り立っているため、企画がまとまりやすい反面、クライアントの横暴に泣くこともある。広告代理店の担当は、何とか新企画のコマーシャルを制作したいところなのだが、クライアントのガードは固い。林課長がもう一度芦沢の方に視線を送る。その視線に気づいた森副部長が口を開く。
「淡水も海水もカバーするという基本方針は崩さずに、文化としての側面をやはり打ち出す必要があるわけです。これはこの番組が十五年間という長きに渡って続いてきたことの根本でもあるわけでして・・・」
「ところで、この番組続けるつもりなんですか?」
芦沢が突然、木下に向かって訊ねた。
「失礼だねぇ、君ぃ。この番組はスタート時からの我が社の単独スポンサーでやってきてるんだ。今や同じような番組の中じゃ老舗中の老舗なんだ。やめるわけないだろ」
「でも、その十五年間の間にゃ相当すったもんだがあったじゃないですか」
「それがあったからこそ、今のような長寿番組に育ったってことだろ」
「木下さん、すみません。芦沢君、そんな話はもういいから、次期シーズンのテーマと次の1クールの具体的な企画の話をしてくれたまえ」
林課長が話を元に戻す。
芦沢が全員の顔を眺めながら話し始める。
「つまり、皆さんのお考えじゃ海ばっかりでやろうって訳だ。だが、淡水用のタックルも海水用のタックルもある。で、淡水も海水もって言ったってこの国じゃ、飲み水の確保がやっと。おまけに、こんな時期に文化だが何だか知らないが、魚釣りなんかやってる場合じゃねぇだろってのが、ま、俺の見解で。ところがだ、心強いお言葉を賜った以上、燃えちまうのがプロデューサーの性って訳でして。つまり、要約すれば、淡水も海水もOKって奴を狙うしかねぇってのが俺の結論て訳だ。で、つまり、鮭」
「鮭って、海の魚じゃないのかね」
森副部長が無知をひけらかす。
「鮭は淡水魚の王様って言われてる訳だが、確かに、海を回遊している期間の方が長い訳で、二、三年は北洋を回遊してる。でも、産卵、誕生は母なる川でおこなわれる訳で、しかも受精、産卵と同時に死んじまうというところが、有終の美というか、桜のような散り方というか、武士道に通ずるような凄惨で壮絶な死に方にロマンを感じるっちゅう訳だ」
「鮭は遊漁が禁止されてるよな、芦沢さん。それで今まで取り上げなかったんじゃ」
カメラマンの斎藤が怪訝そうな視線を投げてよこす。芦沢はその視線を無視して、木下の顔を見て話し続ける。
「そのとおり。鮭は遊漁禁止の魚だ。ところがだ、サクラマスに関してはOKなんだな、これが。サクラマスはヤマメが大きくなった魚なんだが、鮭のように外洋を回遊してちょうど春に生まれた川に帰ってくる訳だ。これを河口、つまり海用タックルで、そして川で川用タックルで狙うっちゅうのはどうでしょうねぇ」
木下の興味を持ったらしい顔に向かって芦沢が続ける。
「ここまでは建前。で、鮭も一緒に上ってくる。いや、上ってくるようにする訳だ」
「上ってくるようにするとは、どういうことかね」
「木下さん、皆さんもご存知のとおり、日本中の川は渇水で、水が流れてる川は一本もねぇ。今から大雨を当てにしてたんじゃ話にも何にもなりゃしねぇ。で、まずは北洋のロケから始めることにする。で、鮭漁の歴史とか文化とか、ロシアとの軋轢の歴史とかで四月の一ヵ月はつなぐ。五月、六月になりゃサクラマスが北海道沿岸から、青森沖、三陸沖に南下してきて川を上る。そして、三ヵ月後にはいろんな種類の鮭が入れ食い状態になる」
「だから、上る川がない訳だろう、君」
「いいですか、今、日本には鮭が上ろうとしても上れる川は何処にもねぇんだ。ねぇとなったら鮭はどうすると思います、木下さん」
「よその国に行くのか」
「そのとおり、探す訳だよ。自分の生まれた川でなくても、とにかく産卵できる川をね。日本の近年の鮭の豊漁は、ロシアの汚染された川のせいなんだ。ロシアで生まれた鮭が日本の川で産卵してたんだよ、今までは。ところがだ、去年からは話が逆になった。ロシア沿岸からカムチャツカにかけては大雨だ。つまり、日本で生まれた鮭がロシアの川に向かった訳だ。汚染されていても、水がないよりはましってことですかね。これが続くとどうなると思います」
「日本の川には戻ってこなくなるのか」
「そう、回遊ルートが変わっちまうってことだ。こうなっちまったんじゃ、日本の近海鮭漁は大打撃だ。それに、ただでさえかしましい北洋の鮭漁は、ますますの協力金をロシアからふんだくられることになる訳だ」
「で、君は、ロシアにロケに行くと言うのかね」
「木下さん、そんな番組誰が見ますか。日本の川に上って日本の川で潔く死んでこそ、日本人の心情に迫ることができるんじゃねぇですか。だから、死に場所を用意してやる」
「つまり、君は」
「つまり、川を造る訳だ」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ、芦沢君。日本中の川には水は一滴もない。おまけに飲料水は輸入に頼ってるんだよ」
「森副部長そこですよ、その飲料水で川を造るんですよ。全国に呼びかけて、いや、世界中に呼びかけて貴重な水を持ち寄ってもらうってのはどうです。水がなくて困ってるのは人間だけじゃないんだってことと、鮭に戻ってきてほしいっていう日本人の土着的心情的な部分を刺激してやりゃ、一大キャンペーンにだってなるはずだ。ズバリ、「コールバック・サーモン・キャンペーン」ってのはどうです。「ひとしずくの愛」なんてキャッチコピーをくっつけてもいいかな。親会社の新聞でもガンガンやってもらう。おまけに、文部省に建設省に厚生省に通産省に農林水産省の後援つきで、メインスポンサーなんてのはどうです。え、木下さん」
木下の頬が少し弛んだのを横目に芦沢は続ける。
「水は勿論、海水淡水化装置で造るつもりだ。そこに全国の小学生が運んできたコップ一杯の水を注ぐセレモニーをやる。そこへ第一陣の鮭が上ってくる。場所は、できれば日本海側がいい。ロシアに行かずに日本へ戻ったという印象が与えやすい。そしてもう一つ、クリーンイメージを喉から手が出る程ほしがっているスポンサー。ここから金を取る。原発ってのはどうです。原発銀座の福井なんか狙い目だ。川は九頭竜川なんかどうだろう。この川はサクラマスのメッカだった訳だし、仕掛けがやりやすいんじゃねぇかな」
1-3
しばらくの沈黙があって、松下部長が口を開く。
「どうやら待たされた甲斐があったようだが、四、五、六の1クールの展開は可能としても、次の七、八、九の1クールはどうするつもりなのかね。三カ月のブランクは埋まるのかね。その次の十、十一、十二の1クールは分かるよ。鮭が遡上してきて産卵してそして死ぬわけだが、その後はどうするのかね。その次の1クールのことも頭に入れておかなければ」
「一年間ぶち抜きってのはどうです、部長。工事の段取りで実際には九月位のスタートになるかも知れませんし。それに、鮭は翌年の二月までは上ってくるんだから」
「それはちと危険すぎはしないかね。鮭に興味がある釣り人ばかりではあるまい」
「キャンペーンにするんなら、それくらいやってもらわなきゃ」
「うん、それは予算取りにも関係してくるだろうな。四月からとなれば、番宣の立ち上がりはすぐにでも取りかからなければならないだろうし」
「代案は考えてあるんだろうね、芦沢君」
林課長と森副部長が松下部長のフォローに回る。
「部長、秋から冬にかけては沿岸の漁も盛んになってくるけど、夏の間はお手上げだ。従って、次の1クールは船と磯で、深海狙いでいくしかねぇでしょう。魚も今じゃ大分深場に移ってるようですし。それに、淡水はどうせ水がねぇし取材はできませんよ」
「ふむ、要は四、五、六の1クールをしのげれば何とかなるということだな。いかがでしょう、木下課長、私は何とかなりそうだと思いますが」
「確かに、突然、鮭と言われたときにはどうなるかと思いましたが、同じスポンサー料でこれほどのキャンペーンがらみの企画になるのであれば文句はない訳でして。ただ、こう話が大きくなりますと、私の一存では決定しかねますので、上に回すことになると思います。できれば、企画書にまとめていただいて、もう少し場所やなんかを具体的にしていただければと思いますが」
「企画書、分かってるね、企画書で提出ですよ」
副部長が口を挟む。
「で、どうだろう、芦沢君、次回は十日後ということで、企画書にまとめてもらって、木下課長、そのときに部長にご同席していただくということではいかがでしょう」
「ええ、そうしてもらえると有り難いですな。何せご自分で決めなければ気が済まない質でして」
「じゃ、そういうことで」
松下部長が立ち上がりドアを開けて木下課長と森副部長を外に連れ出すと、林課長が会議を締め括るべく口を開いた。
「という訳で芦沢君、企画書にまとめて一週間後には私のところまで提出してください。新聞社の方の手配は私の方でやることにしますが、一大キャンペーンということになれば他のマスコミに対する配慮も必要になるだろうし、会社としても十分なバックアップ体制を取りたいと思う。じゃ、その時までに現場の詰めはしておいてください」
林課長がそう言い残して部屋を出ていくと、広告代理店の村田が早速鼻をひくつかせ芦沢の方に寄ってくる。
「芦沢さん、すごい企画じゃないですか。これで、他社の番組がかすんでしまいますよ。長い間あっためてらしたんでしょ」
「いや、思いつきよ。鮭っていやぁカナダにアラスカと相場は決まってる訳で、金さえありゃ誰でも釣れるってのが面白くねぇだろ。堂々と日本で鮭を釣るってのを一度やってみたかっただけよ」
「でも、キャンペーンに仕立て上げることができれば、すごいですよ。もう、タックルだけのコマーシャルなんて古いですからねぇ。企業のポリシーが反映されたものでなきゃあね」
「そうなるかどうかは、山田社長の腕次第だ」
「いやぁ、私じゃなくって、うちの斎藤の腕次第でしょ。私は何も分かりませんから」
「斎藤さん、ずっと黙ったまんまだったけど、どうなんだ、あんたは」
「芦沢さん、俺は二度とヤラセはごめんだぜ。あんたの企画はいつも危険な匂いがするけど、今回は特にヤバイ感じがするんだ。あんときだってそうだろ。業界じゃ常識の線で行ったって、シャバじゃヤラセになっちまうんだ。この国じゃ鮭を釣るだけでもお縄もんだってのに、川を造るときたもんだ。しかも、工期はたったの半年。川ほど厄介なものはないのはご存知でしょうが。それこそ、建設省に農水省に厚生省に地方自治体、おまけに江戸時代からの水利組合までが絡んで利権の漁りあいだ」
「一山買っちまえばいいだろ」
「一山買ってどうするんです」
「一山買って川を造っちまう訳だよ」
「その話、あるかもしれませんよ」
アシスタントの西山が口を挟む。
「俺の田舎、実は福井なんですけど、山の方なんです。それで、今度の旱魃のあおりで山は山火事で丸焼けでどうしようもなくて、おまけに田んぼに水を引こうにもこの渇水でどうしようもなくって、畑も雨水だけが頼りだったもんで、こっちも全滅なんです」
「ほう、山は君んちのものなのか」
「ええ、あの辺りじゃ皆一山や二山は持ってるんです」
「ほう、いいじゃないか。自分の山に水を引くだけの話で収まりそうじゃないか」
「大分上の方なんですけど」
「いいんだよ大分上の方が。水は低きに流れるんだからな。九頭竜川からは遠いのか」
「ええ、ちょっとあります。あの辺りの川は皆九頭竜川に流れ込んでますけど、うちの村から一番近い川は直接日本海に流れ込んでるんです。隣村の小さな川で、知ってる人もいませんけど」
「何て言うんだ、その川は」
「水無川です」
「いい名前じゃないか」
「うちの村、実は水無川からは取水してなくって、九頭竜川から取水してるんです。距離は水無川の方がずっと近いんですけど・・・」
「名前の通りからいくと、九頭竜川の方がキャンペーンは張りやすいんだが、水量と金を考えるとその川の方が安く上がりそうだな」
芦沢が西山の言葉にかぶせる。
「芦沢さん、あんたまた金をバラまくつもりか」
斎藤が睨むのを無視して、芦沢が言い放った。
「いや、村興しで行こうぜ。その水無川までを君んちの山のてっぺんとつないで河口まで水で一杯にする。あの辺の村なら千人かそこらの村人だろう。公民館か体育館か借りて一時間も説明して、後は温泉にでも繰りだしゃ終わりだろ。渇水に喘ぐこの国でただ一つ水に溢れた川が誕生して、その川を鮭が上る訳だ。川造りのプロセスも紹介できるし、ネタには困らんだろ。これで、鮭も救えるし、日照りに泣いてた村も救われるって訳だ」
「あの、芦沢さん、水無川っていうのは隣村の川なんですが」
「ああ、分かってる。それがどうかしたのか」
「ええ、実は隣村とうちの村とは全く付き合いがないまま今まできてるんです」
「ほう、それじゃこれを機会につき合いを始めりゃいいじゃねぇか」
「そんなに簡単な問題じゃないですよ」
「気にすんじゃねぇよ。俺に任しておけよ、成算ありなんだからよ」
「芦沢さん、俺はもうヤラセはごめんだぜ」
「斎藤さん、これが何でヤラセなんだい。慈善事業みたいなもんじゃねぇか」
「とにかく、俺はヤラセと分かった時点で手を引かせてもらうぜ」
斉藤はそう言って睨み付けるような視線を芦沢に飛ばすと、部屋を出ていった。
1-4
しばらくの沈黙があって、松下部長が口を開く。
「どうやら待たされた甲斐があったようだが、四、五、六の1クールの展開は可能としても、次の七、八、九の1クールはどうするつもりなのかね。三カ月のブランクは埋まるのかね。その次の十、十一、十二の1クールは分かるよ。鮭が遡上してきて産卵してそして死ぬわけだが、その後はどうするのかね。その次の1クールのことも頭に入れておかなければ」
「一年間ぶち抜きってのはどうです、部長。工事の段取りで実際には九月位のスタートになるかも知れませんし。それに、鮭は翌年の二月までは上ってくるんだから」
「それはちと危険すぎはしないかね。鮭に興味がある釣り人ばかりではあるまい」
「キャンペーンにするんなら、それくらいやってもらわなきゃ」
「うん、それは予算取りにも関係してくるだろうな。四月からとなれば、番宣の立ち上がりはすぐにでも取りかからなければならないだろうし」
「代案は考えてあるんだろうね、芦沢君」
林課長と森副部長が松下部長のフォローに回る。
「部長、秋から冬にかけては沿岸の漁も盛んになってくるけど、夏の間はお手上げだ。従って、次の1クールは船と磯で、深海狙いでいくしかねぇでしょう。魚も今じゃ大分深場に移ってるようですし。それに、淡水はどうせ水がねぇし取材はできませんよ」
「ふむ、要は四、五、六の1クールをしのげれば何とかなるということだな。いかがでしょう、木下課長、私は何とかなりそうだと思いますが」
「確かに、突然、鮭と言われたときにはどうなるかと思いましたが、同じスポンサー料でこれほどのキャンペーンがらみの企画になるのであれば文句はない訳でして。ただ、こう話が大きくなりますと、私の一存では決定しかねますので、上に回すことになると思います。できれば、企画書にまとめていただいて、もう少し場所やなんかを具体的にしていただければと思いますが」
「企画書、分かってるね、企画書で提出ですよ」
副部長が口を挟む。
「で、どうだろう、芦沢君、次回は十日後ということで、企画書にまとめてもらって、木下課長、そのときに部長にご同席していただくということではいかがでしょう」
「ええ、そうしてもらえると有り難いですな。何せご自分で決めなければ気が済まない質でして」
「じゃ、そういうことで」
松下部長が立ち上がりドアを開けて木下課長と森副部長を外に連れ出すと、林課長が会議を締め括るべく口を開いた。
「という訳で芦沢君、企画書にまとめて一週間後には私のところまで提出してください。新聞社の方の手配は私の方でやることにしますが、一大キャンペーンということになれば他のマスコミに対する配慮も必要になるだろうし、会社としても十分なバックアップ体制を取りたいと思う。じゃ、その時までに現場の詰めはしておいてください」
林課長がそう言い残して部屋を出ていくと、広告代理店の村田が早速鼻をひくつかせ芦沢の方に寄ってくる。
「芦沢さん、すごい企画じゃないですか。これで、他社の番組がかすんでしまいますよ。長い間あっためてらしたんでしょ」
「いや、思いつきよ。鮭っていやぁカナダにアラスカと相場は決まってる訳で、金さえありゃ誰でも釣れるってのが面白くねぇだろ。堂々と日本で鮭を釣るってのを一度やってみたかっただけよ」
「でも、キャンペーンに仕立て上げることができれば、すごいですよ。もう、タックルだけのコマーシャルなんて古いですからねぇ。企業のポリシーが反映されたものでなきゃあね」
「そうなるかどうかは、山田社長の腕次第だ」
「いやぁ、私じゃなくって、うちの斎藤の腕次第でしょ。私は何も分かりませんから」
「斎藤さん、ずっと黙ったまんまだったけど、どうなんだ、あんたは」
「芦沢さん、俺は二度とヤラセはごめんだぜ。あんたの企画はいつも危険な匂いがするけど、今回は特にヤバイ感じがするんだ。あんときだってそうだろ。業界じゃ常識の線で行ったって、シャバじゃヤラセになっちまうんだ。この国じゃ鮭を釣るだけでもお縄もんだってのに、川を造るときたもんだ。しかも、工期はたったの半年。川ほど厄介なものはないのはご存知でしょうが。それこそ、建設省に農水省に厚生省に地方自治体、おまけに江戸時代からの水利組合までが絡んで利権の漁りあいだ」
「一山買っちまえばいいだろ」
「一山買ってどうするんです」
「一山買って川を造っちまう訳だよ」
「その話、あるかもしれませんよ」
アシスタントの西山が口を挟む。
「俺の田舎、実は福井なんですけど、山の方なんです。それで、今度の旱魃のあおりで山は山火事で丸焼けでどうしようもなくて、おまけに田んぼに水を引こうにもこの渇水でどうしようもなくって、畑も雨水だけが頼りだったもんで、こっちも全滅なんです」
「ほう、山は君んちのものなのか」
「ええ、あの辺りじゃ皆一山や二山は持ってるんです」
「ほう、いいじゃないか。自分の山に水を引くだけの話で収まりそうじゃないか」
「大分上の方なんですけど」
「いいんだよ大分上の方が。水は低きに流れるんだからな。九頭竜川からは遠いのか」
「ええ、ちょっとあります。あの辺りの川は皆九頭竜川に流れ込んでますけど、うちの村から一番近い川は直接日本海に流れ込んでるんです。隣村の小さな川で、知ってる人もいませんけど」
「何て言うんだ、その川は」
「水無川です」
「いい名前じゃないか」
「うちの村、実は水無川からは取水してなくって、九頭竜川から取水してるんです。距離は水無川の方がずっと近いんですけど・・・」
「名前の通りからいくと、九頭竜川の方がキャンペーンは張りやすいんだが、水量と金を考えるとその川の方が安く上がりそうだな」
芦沢が西山の言葉にかぶせる。
「芦沢さん、あんたまた金をバラまくつもりか」
斎藤が睨むのを無視して、芦沢が言い放った。
「いや、村興しで行こうぜ。その水無川までを君んちの山のてっぺんとつないで河口まで水で一杯にする。あの辺の村なら千人かそこらの村人だろう。公民館か体育館か借りて一時間も説明して、後は温泉にでも繰りだしゃ終わりだろ。渇水に喘ぐこの国でただ一つ水に溢れた川が誕生して、その川を鮭が上る訳だ。川造りのプロセスも紹介できるし、ネタには困らんだろ。これで、鮭も救えるし、日照りに泣いてた村も救われるって訳だ」
「あの、芦沢さん、水無川っていうのは隣村の川なんですが」
「ああ、分かってる。それがどうかしたのか」
「ええ、実は隣村とうちの村とは全く付き合いがないまま今まできてるんです」
「ほう、それじゃこれを機会につき合いを始めりゃいいじゃねぇか」
「そんなに簡単な問題じゃないですよ」
「気にすんじゃねぇよ。俺に任しておけよ、成算ありなんだからよ」
「芦沢さん、俺はもうヤラセはごめんだぜ」
「斎藤さん、これが何でヤラセなんだい。慈善事業みたいなもんじゃねぇか」
「とにかく、俺はヤラセと分かった時点で手を引かせてもらうぜ」
斉藤はそう言って睨み付けるような視線を芦沢に飛ばすと、部屋を出ていった。
1-5
芦沢はその日のうちに近畿電力の広報担当に電話を入れた。プロデューサーがプロデューサーとしてのポジションを維持する最も明快な方法、それは金を出すスポンサーをまず押さえることだ。担当とは企画書が上がった時点で直接会う必要があったが、その前の探りの段階が最も重要なことを芦沢は知っていた。成るか成らないかの判断は、企画書などなくても、電話の声だけでほぼできるものだ。芦沢は相手の声にゴーサインを聞いてニヤリと笑うと会議室を後にした。
玄関を出て右に曲がり、地下鉄の駅に向かう途中で、アシスタントの西山が言ったことを思い出した。どうやら、斎藤は降りると言っているらしい。斎藤らしくない考えだ。斎藤は報道上がりのカメラマンで、危険をかえりみず執念で被写体に迫っていくところを芦沢は買っている。斎藤とは幾度か相当に危険な目に遭っている。何があったのか聞いておかなければ。彼に降りられたらこのプロジェクトは成功しない。芦沢はそう直感した。
「斎藤さんはどうしてそんなことを言いだしたんだ」
「芦沢さんが本気でやろうとしているのかどうか分からないって」
「奴らしいな。馬鹿げた企画だって言うのか。いつも俺の企画は馬鹿らしいけどな」
「鮭が外洋から生まれた川に上ってくるっていうのは、気に入ってるようですけど」
「そんなもん、どこのテレビ局でもやってるじゃねぇか。そいつぁ平時の企画だよ。俺にとっちゃ、そいつぁダシさ。この渇水期に川を造るってのが本命の企画だ」
「そこなんですよ、斎藤さんが引っ掛かってるのは。芦沢さんの企画には人を見くびったようなところがあるって」
「鮭を上らせたいから川を造るんじゃなくて、川を造りたいから鮭をダシにして金を出すスポンサーを見つけてくる。それがプロデューサーってもんだろうが」
「でも、それで芦沢さんは何をしたいんですか」
「この干からびた時代に一杯の清涼飲料のような夢を提供しようっていうんじゃねぇか」
「いえ、芦沢さんは自分の思うように人を動かしたいだけなんじゃ・・・すいません」
「そう斎藤さんが言ったのか」
「いいえ、すいません。斎藤さんはそんなことは言ってません。ただ、良心と矜持に反すると」
「一度斎藤さんと会った方がよさそうだな」
誰もがそれぞれの立場でしか物事を判断していない。部長は、エコロジーに関連した企画を遂行しろと上から言われているに違いない。副部長、課長はそれを遂行する。クライアントは、新しい釣り道具を売るための今日的な企画を期待している。電力会社はその企画に乗ってクリーンイメージを売りたがっている。買いたがっている人間がいて、売りたがっている人間がいる。買いたがっている相手に対して、俺は売れる企画を出した。そして、売りと買いが成立する。買った人間の得るものは、イメージだ。売った人間の得るものは、金だ。それだけのことだ。真っ当な取引だ。斎藤は良心と矜持に反すると言った。笑わせるぜ。時代錯誤な野郎だ。今の時代に良心は不必要な代物だ。良心があったら、できないことだらけの筈じゃないか。その上矜持と来たもんだ。俺の矜持は企画の成功。時代を読んで、時代を反映する企画を通すことだ・・・。
芦沢は思考を一旦打ち切ると、改札を通る前に斉藤ではなくてキャンディに電話した。
キャンディはまだ寝ていたが、マンションに来いというのでタクシーを拾った。キャンディのマンションまでは車で十五分ほどの距離だ。エレベーターで最上階まで上がってチャイムを鳴らすと、ハスキーな声がドアが開いていることを伝える。ドアを開けると、シャンプーしたての長い髪をバスタオルで拭きながら、キャンディがこっちに向かって歩いてくるところだった。芦沢は、キャンディの髪に指を差し入れて顔を引き寄せ、セクシーな口に口づけする。
「お腹、減ってない?」
いつもこうだ。これが、キャンディの挨拶代わりの台詞だ。飯を食ってからでないと何も行動に移れないとでもいうのだろうか。とにかくまずは食ってからなのだ。
「今日は練習、ないのか」
「ええ、ちょうど昨日新しい出し物の練習が終わったところで今日はオフなの。夕方までは時間あるけど、映画でも行く?」
「それより、何か食わしてくれ」
「何よ、やっぱりお腹減ってるんじゃない。鮭チャーハンでいい?ちょっと待っててね、すぐできるから」
鮭チャーハンとスープで腹がくちくなったところへ、ヘネシーのグラスが二つ並べられる。カレーライスを食いながらブルゴーニュのワインを飲むようなものだが、このアンバランスがキャンディのいいところなのだ。店では華やかで艶やかでとってもセクシーなキャンディの日常は一昔前の侍の妻のように慎ましく堅実そのものだ。
「ちょっとお洗濯してしまっていいかしら?すぐ終わるから待っててね。テレビでも見てて。飲みすぎて寝てしまったりしたらいやよ」
頬を思いっきりつねられて目が覚めた。ぼんやりした視界の中で、ショートカットのキャンディの大きな目が睨んでいる。見ると、胸の大きく開いたスパンコールのドレスに身を包んでいる。もう店に出る支度をしているということは夕方なのだろうか。
「すまん、もう行く時間なのか」
「もうちょっとで出掛けるけど、夕御飯一緒に食べる?」
「さっき食った」
「あれはお昼御飯よ」
煙草に火を点けながら、芦沢は忘れていることを思い出そうとするような目でキャンディを見た。そして、忘れているわけではないのだが、言いだすきっかけがないことをキャンディに目で知らせた。勘のいいキャンディはすぐに反応した。
「アイちゃん、嫌がってるみたいよ」
「そうか、すまんな無理言ってしまって。荒木は今度の企画にどうしてもいるんだよ」
「あなたがそう言うから口だけは利くけれど、あのコに辞められたら困るのよ、アタシ」
「すまん、君を巻き込むつもりはないんだ」
「あなたはいつもそう言うけれど、あなたのしたことは、皆アタシに返ってくるのよ」
「そう言うなよ。とにかく半年だけ引っ張っておいてくれよ」
行きつけの飯屋でキャンディに晩飯を奢って貰い、キャンディをショーパブまでタクシーで送り届け、そこから歩いていつものバーに寄った。斎藤は来ていなかった。斎藤が来ていないと思ったことで、斎藤に会いたかったのだと分かった。
ドンゾイロのフィノを二杯飲んで、マスターのシェリーに関するウンチクを聞かされて店を出て、二軒目の店に入った。
斎藤がいつもの席に座っていた。
第二章
2-1
その年、人々はまるでハワイのようなクリスマスを祝い、盆のような年末を過ごした。
家電業界はクーラーと扇風機の増産を続け、貴重な水から作られたアイスキャンディーやかき氷は最高の贅沢品として庶民の垂涎の的となった。
季節感のなくなった街には半袖シャツやアロハシャツがあふれ、音楽業界では突然流行しはじめたビバルディの「四季」や、ディートリッヒ・フィッシャー・ディスコーの歌う「冬の旅」のCDの増産に追われていた。
雪上を滑るシーンや、氷の上で水着姿の女性タレントが喉を鳴らしてビールを飲み干すシーンを多用したTVコマーシャルが人気を集め、温泉やトロピカルムードを煽る旅行社の広告は姿を消してしまった。
「少しでも涼しくこの冬を過ごすために」というフレーズがどのコマーシャルにも使われるようになっていた。
前年、冷夏と暖冬に悩まされた洋服業界は酷暑の夏に気を良くして厳冬を期待した。だが、人々の思いとは裏腹に気温は一向に下がる気配を見せず、家電業界と同様、夏物の生産を継続せざるを得なかった。
平均気温四十度の気候は安定をみせ、列島がそのまま赤道直下にまで移動したかのような熱に昼も夜も包まれていた。全国で熱死が相次ぎ、東北や北海道出身者の入院騒ぎが目立ち始めた。 例年なら慌ただしくなる街にもその風情は見受けられず、夜になってやっと、暑さを避けてお節の材料を求める人々の姿が散見される程度だった。
紅白歌合戦の出演者までもがアロハシャツのオンパレードで、季節感を逸した年の瀬を締めくくることになった。
年が明けても雪国には降雪もなく、好天が続いていた。温かければ雨になるはずなのだが、まるで秋晴れがそのまま続いているような乾燥した天候が続いていた。
気象台は、相変わらず、「観測史上始まって以来の気候」を連発していたが、その原因については、エルニーニョ現象に変化が現れたからだとか、太陽の黒点が増えたからだとか、温暖化現象の影響の現れだとか、チベット高原の積雪量が少ないためだとか、ジェット気流に変化が起こったからだとかが取り沙汰されはしたが、いつまで経っても明確な解答が与えられることはなかった。
原因も関係も構造も不明なままに、地下水と緊急輸入に頼る水政策は半年が経過しようとしていた。
都市部のビジネス街では給水車が一定時間に給水を行うため、社員達の仕事の半分は水汲みに当てられることになった。レストランも喫茶店も飲み屋も閉店に追い込まれ、社員食堂はパンとミルクのみのメニューに切り替わった。飲料水は部課ごとに割り当てられ、いかに少ない水で水洗トイレの汚物を流すかということが組合のQC活動のテーマになった。
バブル経済崩壊後、そのまま放置されていたサラ地では見境のないボーリングが開始された。抵当として所有していた銀行が、こぞって不良債権を一掃する方策として水商売を始めようとしていた。突然駐車場に温泉が出現し、喫茶店で時間潰しをする代わりに長湯で時間潰しをする営業マンたちの溜まり場になった。
ビルの谷間の鰻の寝床のような土地に「ウォーター・ファウンティン」という名前で水を売る「喫水店」が出現した。ここは昼休みに行き場を失ったOLたちで賑わっていた。ここでは、世界各地から輸入されてくる水が飲めるようになっており、その場所から汲み上げられた地下水がお冷やとして出てくるサービスがついていた。
世界各地から輸入されてくる水の中では、カナダの水とアラスカの水とロッキーの水が人気だったが、東南アジアの水は米と同じように人気がなかった。
ミネラル・ウォーターの老舗であるエヴィアンやヴィッテルやヴォルビックにはすでにプレミアムがついて、給料日の飲み物になっていた。
テレビの料理番組では、タイ米の美味しい食べ方に変わって、水を使わない料理が中心になった。さらに、水が飲みたくなるような、カレーやタイ料理や韓国料理や中華料理は一切テレビ画面から消え、減塩薄味料理ばかりが取り上げられた。味噌や醤油のコマーシャルも流れなくなった。
洗濯を思い起こさせる洗剤のコマーシャルも、ほかほか湯気の立つラーメンのコマーシャルもブラウン管から消えた。
急ピッチで進められた工事によって、やっと海水淡水化装置が主要都道府県では稼働し始めた。
大型タンカーが始終出入りする臨海工業地帯を擁する海浜都市は、比較的スムーズに水飢饉から解放されつつあったが、海のない県や海から遠い都市や山間部では水圧の不足で給水がままならず、地下水や温泉に頼らざるをえなかった。
鄙びた温泉宿は突然、冷ました温泉水をペットボトルに詰めて販売し始めた。
長い間放置されていた井戸も復活した。
中には、干上がってしまったダムの底にある以前の自宅の井戸を掘り直す者も現れた。すでにこの頃には全国で温泉と地下水と合わせて二千か所の掘削が行われたことが報じられたが、同時に、保健所の水質検査が追いつかず、各地で下痢や発熱が相次いでいることも報じられた。
ゴルフ場や水田を上流部に持つ中流域の都市では地下水から多量の農薬が検出され、折角掘削に成功しても飲料水としては適さないために、工業用水として下流域の工場地帯に回し、代わりの飲料水と交換するという水々交換も頻繁に行われていた。
2-2
正月が終わると、カメラマンの斎藤と撮影クルー一行は北太平洋公海上に向かった。
企画段階では面白くても、実際にそれが撮影できなければ、映像として定着することはできない。今回の撮影が、まったくそれだった。
北太平洋アリューシャン諸島沖合。この辺りに太平洋の鮭属たちが回遊していることは間違いないのだが、その回遊路は定かではない。網を入れて捕獲する作業ではなく、北太平洋を群泳する鮭の姿を撮るという作業は会議室での想像を遥かに超えていた。
通常、鮭は水深六十メートルの辺りを回遊しており、一日一回だけ日の出の頃に浮上する。これを狙って撮影しようという訳だった。
シロザケ、ベニザケ、カラフトマス、ギンザケ、サクラマス、マスノスケこれらの鮭たちがそれぞれの群れをなし、所狭しと泳ぎ回っている映像。それが第一回のオンエアのタイトルバックになる。
そして、このプロジェクトのセンセーショナルな全貌が、エコロジー派作家荒木のナレーションとCGで作成されたシミュレーション映像によって紹介されるのだ。
荒木は、日本はおろか世界の川を釣り歩いている作家として知られており、今回の企画の狂言回しとして芦沢が起用することにしたのだ。
北太平洋から鮭と一緒に川までカヌーで遡るというのが企画の内容だ。
荒木はそのルックスや著書のハードボイルドさとはかけ離れて小心で狡く金に汚いことで業界では知られていたのだが、芦沢は彼を口説くのに金も女も酒も使わなかった。荒木のハードボイルドイメージをますます高めることにもなるというのが正攻法の口説き文句ではあったのだが、やはり、思っていたとおり、キャンディに頼んでオプションで用意しておいた餌の方に飛びついてきたのだった。
船長との契約は一週間。 撮影を前にしての魚影のリサーチが斎藤以下撮影クルーの任務なのだが、途中アクアラングをつけて潜ってみて群れを見つけることができれば撮影もしてしまうというハードな内容だった。
釣り番組の撮影のリスキーなところは、クルーがいくら頑張っても釣れるかどうかは分からないという点にある。だが、釣り番組である以上、釣れなければ番組として成立しない。
海ばかりの釣りでも1クールくらいならつなげないことはないのだが、この際、別案でという意向を示したのは木下の上司の部長だった。
アイデアの善し悪しは別にしても、目先を変えたかったのだろうが、理由はどうあれ、徹底的に自分のことを馬鹿にしてかかる芦沢にだけには頼みたくないというのが木下の本音だった筈だ。 だが上司に提出した企画書の評価が高く、「全社を挙げてやれ」というゴーサインをもらってからは芦沢とべったり行動を共にするようになった。
その日は、まずは現場を見てからだという芦沢の言葉に素直にも従って、木下も福井の山奥にまでついてきているのだった。
JR駅の改札には駅員はいなかった。大きなバッグとブリーフケースを持った芦沢と木下が改札を出てバス停のベンチに腰を下ろすと、目の前の商店街を挟んだ道路に一月だというのに陽炎が立っているのが見えた。
「バスはちゃんと来るのかよ、芦沢さん」
「もう来るんじゃねぇの。のんびりしてるんだろ、ここらじゃ乗る人間だって決まってるだろうし。電車と連絡してるだけでもましってもんだろ」
「一時間に一本にゃ参るよな」
「それでも多すぎるくらいじゃねぇの。俺たち以外誰もいねぇんだし。煙草でも、ああそうか、吸わなかったんだよな」
しばらくすると、バスは駅前の小さなロータリーにやってきた。始発のはずなのに不思議なことにバスの中には数人の乗客があった。多分、バス会社の車庫が近くにあって、勝手知ったる村人はそこで乗り込んだのだろう。見ると、運転手も乗客も殆ど同じくらいに人生の終焉に近い年齢の人達ばかりだ。
老婆達は街で買い物でもしたのか白いビニール袋を手に手に持っている。
老人は農具の部品でも買いに出てきたのだろうか、ダンボールの小さな箱が、布製の年季の入った工具袋からはみ出しているのが見える。
誰も喋らず、だが、全員が芦沢と木下の方を注視しているのが分かる。
運転手ですら、時折バックミラーで二人の方をチラリチラリと見やっている。
芦沢は、持ってきた二万五千分の一の地図をブリーフケースから取り出して地形の確認を始めた。バスはノロノロと走りながら数個のバス停を通過したが、誰も降りなかったし、乗ってもこなかった。それもそうだろう。法事でもない限り、途中から乗ってきて終点の山奥まで行く人間などこの村にいるとは思えない。 いずれこのバスに乗り合わせた乗客全員と駅前の公民館かどこかで出会うことになる。芦沢はそう考えて地図をしまい立ち上がると、反対側の席に座っている老夫婦らしい二人に話しかけた。
「すみません、西山さんのお宅ってもうすぐなんですか」
聞こえたはずだが二人とも耳が遠いのか振り向こうともしない。だが、芦沢が、実はあそこの息子さんがうちの会社に勤めてるんですが、と続けると老婆の方に反応があった。
「あれ、あそこの末っ子が行ってる会社の社長さんですか」
「いえ、社長じゃないんですけど、同僚でして。いつも一緒に仕事をしてるんです」
「ゴルフ場でもお造りになるんで」
「いえ、息子さんから今度の干ばつでひどくやられたという話を聞きまして、お見舞いがてら、ご挨拶にと思いまして」
「まあまあ、それはご丁寧なことに」
短いやり取りの内容をバスに乗っている全員が理解したようだった。老婆の言葉でバスの中が一瞬和んだ。隣の老人が話を引き継ぐ。
「あそこは終点ですわい。そっからまたちいっと歩かんなりませんが。去年も今年もあそこは大変ですよ。なんせ雨が一滴も降らんのですから。わしらんとこでも去年の半分しか米は取れませんでしたしな。それに、山火事で、もう大変でしたわい」
「上の息子が勤めに出てなかったら、えらいことでした」
「もともと、あの辺りって水がないんでしょ」
「あそこらは、水無山のふもとになりますんでな。むかあーしから水にゃ恵まれんとこです、あの辺は」
「息子も、町にアパート借りてましてな、一緒に町に住もういうてましたがな」
「町って」
「ああ、さっきバスに乗られた町です」
「今はご両親のお宅に帰ってるんですか」
「さあ、どうなんでしょうなぁ」
老婆が後ろを振り向くと、知り合いらしい老婆がそれに答える。耳は決して遠くはないのだ。
「おるよ。もう、町で一緒に住もういうてるようですけどな」
面識は全くないが、アシスタントの西山の兄ということならそれほど押しが強いとは思えない。きっと両親思いの優しい男なのだろう。引っ越し資金を提供するという話にでも持っていければますます話はスムーズにいく。現地の情報は現地で仕入れるという鉄則はここでも生きていた。
老人達が三々五々バスを降りていくのを丁寧に一人一人見送る内に終点に着いた。バスを降りようとすると、運転手が声を掛けてきて宜しく伝えてくれと言った。まずは第一関門を突破したと見ていいだろう。村ではいい評判も悪い評判も翌日には全員が知ることになる。

2-3
バス停から西山の家までは歩きで行った。
芦沢は、最初のロケーションハンティングは、どうしても車でしか行けない場所を除いて、必ず電車・バスを使うようにしている。
最初に触れる情報からその土地柄を知るためには、車で乗りつけたのでは分からないことが沢山あるし、今回のようにその土地に早く溶け込む必要があるときには、同じ高さで喋れるように気をつかう必要があることを経験から知っていた。
バス停からは直ぐで、家は西山の家一軒だけだと聞いていたが、大きなバッグの中身の重さは地道を歩く足にはこたえた。
一時間も歩いた頃にやっと黒い屋根瓦の家が見えてきた。
広い玄関を入り声を掛けたが奥の暗い部屋には人の気配がなかった。
芦沢は荷物を上がりがまちに置き、へとへとになって口も利けない木下を残して庭に回った。農家の庭といえば大抵は鶏がいたり犬が寝そべっていたり猫が縁側にいたりするものだが、生き物の気配がない。
生け垣の竹はくすんで腐りかけ草花は一本も植わっていない。
軒先には種にするらしいトウモロコシが吊り下がっていて辛うじて農家の風情を演出してはいるが、洗濯物も干してないところを見ると不在なのか。電話を入れてあったはずなのだが、と玄関の方に戻ろうとしたとき上ってきた道の方から車の音がした。この家には似つかわしくない赤いセダンだ。
運転席のドアが開いて、パンチパーマの痩せぎすで色の黒い男が出てきた。
「今朝倒れたんですよ。電話をもらって直ぐ後のことらしいです。わし、会社休んで病院に連れていってきたとこです。お袋がついてますんで、戻ってきたんですが」 「で、ご容体はどうなんです」
「軽い脳溢血らしいです。取り敢えず安静にしといたらいいらしいですけど。水、水いうてましたが、山に水が湧くとか。そんなこと」
「ええ、そのお話で来たんですけど、とんだ事で。あ、これはつまらないものですが」
芦沢が、バッグからエヴィアンのペットボトルを三本取り出して応接テーブルの上に置いた。都会のウォーター・ファウンティンでは今一番の人気ブランドだ。
「ああ、これはどうも。エヴィアンですか。えらい時代ですなあ」
「安静にしてなきゃってことは、お話は無理でしょうね」
「無理ですなあ。ま、今はお袋がついてますんで、わしが話は聞いておきますが」
「西山君の方からは何かお聞きになってますか」
「いや、詳しくは何も聞いとりません。でも、工事ならうちでやらしてください。うち、ここらを仕切ってますんで」
「あ、土木関係ですか、お仕事は」
「ええ、家の普請から原発までやっとりますんで」
「はあ、そうですか。ところで、この辺りは水、どうなさってるんですか」
「もらい水ですわ。ここらは昔から水にゃ苦しめられてまして。隣村までは水があってもここらは年中水不足で、裏山は水無山いう名前がついとるくらいでして」
「水は隣村から引いてるんですか」
「いいえ、とんでもない。九頭竜川から引いてます。隣村の水無川から引けば近いんですが、もう、四百年も五百年も昔にそんな話は立ち消えになったまんまで」
「水無山のてっぺんから水を流して、その隣村の水無川につなぎたいんですが。そして、日本海にまで流す。川を甦らせるんです。そしてその川を鮭が上る。鮭が水無山まで上ってくるんです。川を甦らせるためのキャンペーンは大々的にわが社と親会社の新聞社・雑誌社を使ってやります」
「水は何処から引いてくるつもりで」
「隣村から引いてきます」
芦沢がそう言った途端、西山の兄の顔色が変わった。唇が紫色になっている。
「馬鹿なことを言わんでください。なんでこの村が九頭竜川からパイプラインを引いてると思うてるんですか。あいつらから水を恵んでもらいとうないからやないですか」
「恵んでやるっていうことになるんじゃないですか。水無山のてっぺんから、隣村に水を流す訳ですから」
「水の恨みこそあれ、水を恵んでやるような情けをかけるようなことができる訳ないでしょうが!」
西山の兄は突然いきり立った。
弟の無表情さに比べると、感情をあらわにするタイプらしく、父親の血が兄の方に強く流れているようだった。隣で黙って座っていた木下が取りなすような口を利く。
「いや、いや、ですから川の水をきっかけにしてですねぇ、その、二つの村が五百年振りに仲直りすることができればですねぇ・・・」
「あんたたちは何も知らん。昔は、この村の娘はみんな隣村に嫁に行ってたんです。なぜだと思います。ちょっとでも水を工面してもろうて、親たちに楽をさせよう思うてです。そんなことまでして隣村の水をもろうて生きてきたんです、この村は。この村にゃ手桶後家いう言葉があるんです。隣村の奴ら、手桶一杯の水を持ってきてこの村の後家を口説いてたいう話です。それくらいこの村にとったら水は値打ちがあったいうことです。そんな話がなくなったのはほんの二十年ほど前に、九頭竜川から水を引くパイプラインができてからのことです。そのときにゃ、村人がみんな集まって手を取りおうて泣いたそうです」
芦沢も木下も説得のきっかけを失った。だが、芦沢の頭にはゴーサインが灯った。
理由は分からないが、問題があった方が解決の方法があることは確かだ。
問題がはっきりせずにいる間は解決の糸口を見つけることは難しい。数百年間対立している村同士-水利行政上からもこの村が九頭竜川から延々数十キロに及ぶパイプラインで取水しているのは不自然な筈だ。
地図で見る限り隣村を流れる水無川から取水するのが自然なのだが、怨念の歴史がそれを拒否したことによって、気の遠くなるほど長いパイプラインの敷設につながったのだろう。
その歴史をひっくり返す。
水を恵んでもらうことで虐げられてきた村が逆に水を恵む立場に立つのだ。
そして、怨念の歴史に終止符を打つ。 キャンペーンがもう一つ盛り上がることは間違いない。釣り番組の伏線としては申し分ない。「いいじゃないか!」と芦沢は心の中で叫んでいたが、顔には出さずにその場を辞すことにした。
西山の家を出た芦沢と木下は一旦町まで戻ると、隣村行きのバスに乗った。水無山を越えれば隣村なのだが、そんな便はもとよりある筈もなかった。
隣村の村長は酒肴の用意をして芦沢たちを待っていた。
西山の兄に比べれば、金のニオイに敏感な男だと言える。企画書を見せ、説明をすると二つ返事で承諾した。
もっとも、水無川に水が流れるということに反対する理由などある筈もなかった。
「それで、まさかうちの村に原発がやってくるようなことはないんでしょうな」
村長は最後に芦沢を覗き込むようにして確認するとヒッヒッヒッと笑った。
2-4
大阪に着いたのは夕方近くになっていた。芦沢と木下は大阪駅からタクシーを飛ばして近畿電力の幹部が待つ料亭に入った。
打ち水をした庭を抜け、旧館の二階に上がると部屋には五人が待っていた。それを見て芦沢は相手は本気だなと判断した。
電力会社が地元に投下するネゴシエーションのための資金は、決して少ないものではない。が、自社での企画はどうしても手前味噌の内容になってしまい、投資に見合った効果が上がっていないのが実情だった。
イメージアップキャンペーンは鳴りをひそめ、ひたすら報道管制を敷くことで対応してきたのだが、二年続きの電力消費量の落ち込みをカバーするために、ちょうど何らかのキャンペーンを張る必要を感じていたところだという。
この話が電力消費量の回復につながる保証は全くないが、エコロジーがらみのテレビ局の持ち込み企画というのに興味があるらしいことは、勢ぞろいしたメンバーの顔つきに表れていた。
社交辞令と名刺交換のあと、話を切り出そうとする芦沢を遮るように料理が運ばれて来た。そしていきなり酒を勧められる。
前菜から始まる懐石料理を食べ、酒を差しつ差されつしながら政治の話や景気の話や、最近、大阪にできたディスコの話やをしているうちにお開きとなった。
北新地に席が設けてあるということで移動することになった。料亭を出ると、黒塗りのハイヤーが二台すでに待っていた。
近畿電力の幹部のうち二人は同行せずに見送り、三人は芦沢たちとは別のハイヤーに乗り先導した。料亭から北新地の店へは直ぐに着いた。
具体的な話は料亭では全くしていない。幹部たちは次の店で本題を切り出すつもりのようだった。
ハイヤーを返し、エレベーターで数階を昇り、ステンレスでできた大きなドアを開け、一番奥のボックス席に腰を下ろした。
店内ではちょうどショーをやっていた。白塗り厚化粧の男女二人の道行きの図。品をつくる女を男が袖にするという場面だ。
赤い唐笠が宙に舞い、それを合図に雪が降り始める。
思い詰めた女が肩で泣く素振りを見せると、後ろ髪を引かれた男が近寄り女の肩を抱く。音楽がクライマックスを暗示すると、男が女の背中に手をやり、帯解けシーン。
女が一糸まとわぬ姿になると、それを見て男の方も着物を脱ぎ始め、女がそれを手伝う。
男が着物を脱ぎ終わると、中身は女。二人が妖しく絡み合ったところにスポットライトが当たり、一瞬の後に暗転。
少しの間を置いてアップテンポな曲が流れ始めると、打って変わって宝塚歌劇のフィナーレのような艶やかな衣装に身を包んだ女たちが舞台に浮かび上がる。
宝塚歌劇と違うのは隠すべきところを隠していないという点だ。両乳房を自慢げに突き出し、陰毛と性器を露出している。
音楽が徐々に激しくなりエンディングに向かうと、横一列に並んだ女たちがラインダンスを始めた。芦沢の趣味はとっくに下調べが済んでいるようだった。
「大変面白い趣向だと思って検討させていただいております」
「そうですか。ただ、先程も申し上げましたとおり、こちらの木下課長の方のご意向といたしましては、どうしても単独スポンサーで、ということでして」
「そのことは構わないのではと思います。私どもといたしましては、その方がわざとらしくなくて好ましい次第でして。提供してしまえばどうしてもヤラセと思われるような時代ですしね」
「そう言って頂けると助かります。木下課長を目の前にして申し上げにくいのですが、やっぱり、企業の格から申しましても違い過ぎますので、かすんでしまうようなことになりますと、今までの経緯や歴史ということもございまして」
「とにかく、大筋はOKです。ただ、提供はしませんが、パブリシティの方、宜しくお願いしたいわけで。ちょうど新しい原発も建設中のことでもありますし。それから、二村間の調整の方、これも我々の不得手とするところですので」
「はい。分かりました。そちらの方はお任せください。すでに隣村の方は承諾済ですし、私どもの方も全社を挙げてのキャンペーンにする予定ですので、宜しくお願いします」
「じゃ、我々はこれで。ああ、西山建設の件ですが、今日早速当社の下請け工事から外すように指示しておきましたから。後はそちらで交渉していただけますか」
芦沢は立ち上がって、去っていく三人に深々と頭を下げながら、このプロジェクトの成功を確信した。
東京に戻った芦沢は、最後に残った問題を解決すべく斎藤にコンタクトを取った。
2-5
斎藤が上手く映像を作っていてくれさえすれば、四月からのオンエアは上手くいく。そして、四月の映像さえ手に入れば五、六の映像はつないでいける。海でのサクラマス釣りを追って行けばいい。
七、八、九は深海釣りでつなぎながら、キャンペーンのテーマを伝える番宣も盛り込んでいけばいい。水無川の新しい名前も募集する予定だ。
これを契機に数百年の間不仲だった二つの村が合併して新しい町になるという仕掛けも盛り込むつもりだ。
そして、いよいよ十月には全国から水無山のてっぺんに水が運ばれ、水無川が水有川に変わるのだ・・・。
「あっ、芦沢さん、荒木さんと連絡つかないんですよ。どうなってるんですかねぇ」
会社のエレベーターが来るのを待っていると、アシスタントの西山が声を掛けてきた。斎藤とは会社で待ち合わせることにしてあった。
「おっ、もう帰ってたのか。もう、出番か、奴さん」
「ええ、そうなんですよ。カヌーでさっそうと登場願えそうなんですよ」
「ほう、順調じゃねぇか。で、あっちのロケの方、どうだった」
「大変ですよ、もう。ありゃ、釣り番組のロケじゃないですよ。従軍撮影みたいなもんです。ロシアの監視船には出会うわ、アメリカの巡視船には出会うわで、その度に『鮭の群れを撮影してます』でしょ。信じて貰えませんよ、あんな所じゃ」
「で、群れには出会ったのか。斉藤さんはどうした」
「バッチリ。とにかく、この画を見てみてください。斉藤さんはずっと北海道の方でスタンバったままです。OKなら電話入れることになってるんです」
エレベーターには誰も乗ってこなかったので、芦沢は西山に話しかけた。
「親父さん、大変だな」
「すいません。突然だったもんで、芦沢さんこそ、兄貴の相手で大変だったでしょう」
「いや、何てことねぇさ。工事の方もやってもらえそうだし、きっと上手くいくさ。それに、なかなかいい村じゃねぇか」
「そうですかぁ~」
二十一階までエレベーターは直通だった。エレベーターホールから制作部と書かれた部屋に二人は入っていった。
芦沢は空いた会議室を見つけて西山を座らせ、自分は森と林を連れにいった。部屋の奥に森と林を探すとちょうど二人は話し込んでいるところだった。
「森さん、林さん、ちょっとミーティングしたいんですがね」
会議室に二人を案内すると、すぐに芦沢は口を開いた。
「首尾は上々、近畿電力はやる気ありと見ていいんじゃねぇかと思います。出てきた連中の顔触れからすると、大いに脈ありってとこです。予算と媒体計画に入れそうです。それから、西山君の家の方なんですが、町ごといく必要があると思いますね。後、建設省がどう出るかなんだが。山に道をつける程度のことなら問題はねぇと思うんだが、川とつないで水を流すということになると話は全く違うでしょうから」
「そこだな。芦沢君、川を造るというのは難問だぞ」
林課長が心配気な顔を向ける。
「川を造るつもりはなんかありませんよ。溝ですよ。溝を造るんだ。しかも、川から水を引くための溝じゃなくって、川に水を流すための溝だ。山の方は問題ねぇと思うんです、個人の持ち山なんだから。平地から水無川までの合流点の辺りが問題だろうけど、たかが一つの村だ。下流のことまで含めても一つの町だ」
「町ごといくというのはそういう意味かね」
「ま、そういうことです。俺の方の報告はこれくらいにして、ロケハンの方ですけど、さっき西山君から聞いたところによると、バッチリのようです。これは直接西山君から報告して貰いましょう」
「さっき下で芦沢さんにお話したんですが、とにかく、アメリカとロシアの艦隊の中で仕事してるようなもんでした。公海上だから自由に撮影できると思ったのは間違いのようです。水中撮影というのは特に難しいようです。鮭の生態を撮影するなんてのは、連中に取っちゃ、単なる言い訳にしか聞こえないみたいで、即刻中止ですよ」
「それで」
「ええ、それで斎藤さんの考えで小樽から日本海に入ったんです。そしたら、何と、いるんですよ、これがウジャウジャと」
「で、回したのか」
「勿論ですよ。しっかり押さえてあります。テープ、見てください」
ミーティングルームのモニターに、揺れる波の画が映し出された。 波の高さは四、五メートルはありそうだ。揺れのせいか画像が乱れる。 画面はいきなり水中に切り替わる。青いというよりもグレイの色調だ。
時折、小魚がカメラの前を通りすぎるが、大型魚は映っていない。 泳層が違うのだろう。
また、水上の映像になる。陸は映っていない。上下左右に大きく揺れる映像の中に船影が見える。それが近づき大きくなる前に画面が乱れ映像が途切れた。
「これはアリューシャンの画です。この後です」
西山の言葉が終わらないうちに、画面一杯に魚の群れが映った。始め鰯の群れのように見えたその映像は、海中に射し込む一条の光りに反射して、それが豊かに成長した魚たちの群れであることを示していた。背びれの後ろには大きく発達した脂びれ、それこそ、その魚たちが鱒の仲間であることの証だった。
斉藤は、見事芦沢の期待に応えた映像をものにしていた。
そしてそれは、この企画の好調な滑り出しを告げるように輝いていた。
第三章
3-1
三月に入ると全国の河川は完全に涸れ、航空写真でとらえられた山岳地帯は谷筋に刻まれた幾筋もの溝を曝していた。水の流れの途絶えた川底の泥には亀裂が入り、タイル貼りの歩道のように見える。護岸工事で固められた土手にはひび割れが入り、コンクリートはいたるところで崩れ落ち、川床には砂煙が舞っていた。
水を失った川を前にして、内水面漁協はなす術もなかった。収入の殆どを鮎の入漁料に頼っていたにもかかわらず、前年からの渇水で川はすべて川床を晒し、入漁料はまったく入らず、当然のことながら何処の漁協も水産試験場も稚魚の生産を放棄していた。
毎年、雪解け水で薄緑色をして流れる川には陽炎が立ち込め、山の景色を揺らめかせるという、不思議な風景が全国各地で観察された。日本海側では、早くもフェーン現象がもたらす山火事が頻発し、山に刻まれた溝となった川筋を伝って熱風と火の粉とが村里から中流域の町にまで吹きつけた。水のなくなった川床で遊んでいた小さな子供たちが、この熱風によって死亡するという事故が相次いで起こった。文部省は、全国の小中学校の体育の授業の中止を指示し、春の選抜高校野球の実施も見送られた。さらに、厚生省は、発汗を助長するような行為を慎むようマスコミを通じて国民に呼びかけた。水不足が報じられてから、すでに一年が経過しようとしていた。
原因の究明はもはや急務ではなく、これらの現象に対応することだった。農林水産省がまず矢面に立たされることになった。前年の豊作予想が裏切られただけでなく、その年の田植えは絶望的なことは目に見えていたからだ。減反政策の緩和も何の意味も持たなくなっていた。間違いなく、その年の米は全面輸入に頼らざるをえないことは明白になりつつあった。農産物は急激な値上がりを続けていたが、すでに前年の四倍近くの値段に高騰していた。
沿岸漁業にも影響が出始めていた。川から流入する栄養分が長期に渡って欠如したことと、海水温度と淡水化装置による海水塩分の上昇によって魚が深場に移動したために、漁獲量は大幅に低下していた。養殖業も全滅だった。林業は頻発する山火事によってなす術もなく放置され、下刈りの必要もない程に焼きつくされた。林業従事者の主な業務は、延焼を防ぐために自衛隊と一緒に土嚢を積み上げたり、山裾の灌木を伐採することに終始した。
河川が涸れたにもかかわらず全国の水利組合の大会が開かれ、伏流水と地下水の利用基準が検討されることになった。このきっかけとなったのは、海岸や河川や湖沼に隣接した住宅地での地盤沈下が相次いだことだった。原因ははっきりしていた。見境のない地下水の汲み上げによって生ずる必然の帰結だった。
この現象は都市部でも発生することが発表された。突然に発表されたビルの沈下予測に人々は戸惑い、やがて地質検査の徹底に伴って恐怖に変わっていった。毎日のように沈下予定ビルとその地域の地下水脈の図が新聞に掲載され、テレビではコンピュータグラフィクスによって、どのように沈下するかのシミュレーション映像までが流されるようになっていた。
道路も、電車軌道も、空港も、地下鉄も、港湾もこの対象外ではなかった。都市は歪み始めていた。地下水を汲み上げ尽くし、農作物は育たず、食料と飲料水の輸送も道路の陥没でままならなくなり始めていた。前年には、給水車に群がる住民に対して「水難民」などと呼んでいたマスコミも、事態が緊迫したものになってくると沈黙し、事実のみを伝える報道に変わっていった。さらに、その事実も積み重なってくると恐怖感をいたずらに煽ることにつながるとして、政府はついに報道管制を敷いた。
しかし、それに取って代わるように、「コールバック・サーモン・キャンペーン」だけは大々的にあらゆるメディアで報じられるようになった。政府としては、恐怖から国民の目をそらせることが必要になるほど、事態は切迫したものになっていた。
いくらコンタクトをとってもなしのつぶてだった建設省から後援決定の連絡が入ると、あれよあれよという間に農水省、文部省、通産省、厚生省、自治省、おまけにNHKまでもが協賛の名乗りを上げた。勿論、民放各社はこれにならった。特に、農水省からは、サーモン・フィッシングのお墨付きが発行されるという、異例の取り計らいが発表された。すでに、テレビの番組はどのチャンネルを回しても、同じ映像が映るようになっていた。
キャンペーン本部には日本だけでなく、世界中から励ましの手紙が寄せられ、インターネット上でも活発な意見交換が行われ、芦沢が作ったホームページには二ヵ月の間に一千万回を超えるアクセスが記録されていた。
潤沢な資金は工期を早めることになり、五月には殆ど完成するところまでこぎ着けていた。西山の兄は、今や時の人として毎日のようにテレビ画面に登場しては、完成時のロマンあふれる情景を語ってみせた。二つの村の話は話題となり、世界平和に貢献する話として世界中のマスコミに取り上げられ、合併によって新しく誕生する町の名前もすでに百万通を超える応募が集まっていた。二人の村長の顔もすでに馴染みの顔になっていた。
斎藤のカメラワークは冴えを見せ、放送時間が延長されたこともあって、殆ど実況中継のような番組づくりをせまられた。斎藤は現地に張りついたままの生活を余儀なくされてはいたが、彼もまた栄誉あるカメラマンとして毎日のように番組に登場するようになっていた。すでに番組は国民全部のための唯一の番組になり、キャンペーンは国家規模でのキャンペーンになりつつあった。
3-2
「芦沢君、予定を繰り上げることはできんのかね」
「首相、キャンペーンの名前はご存じですよね。コールバック・サーモンと言っているのに、サクラマスを上らせたんじゃ羊頭狗肉じゃないですか」
「それはそうなんだが、せめて水を流し始めるくらいは出来るんじゃないのかね」
「準備はできています。しかし、六月に流し始めたとしても川の様相を呈するまでには一ヵ月かかります。淡水化装置の能力は一日千トンですが川床に吸い込まれていく水がなくなって飽和状態になるまでに三週間をみています。これだけ乾燥してますとそれでいけるかどうか分かりません。実際やってみないことには」
「水が流れるまでに一月かね」
「ええ、あっ首相、電話が掛かってますので失礼します」
「芦沢君、工事はまだ終わってないのかね」
「はい、ああ建設大臣」
「なぜ川床をコンクリートで固めないのかね。それに護岸工事もしてないらしいじゃないか。そんなことをしてるからいつまで経っても水を流すことができんのだよ」
「いえ、大臣、自然に見える川にしたいのです。護岸工事やコンクリートの川床を造ってしまったりしたらサーモンは上ってきませんよ。それに、産卵できないじゃないですか」
「そうか、そんなもんかねぇ」
「ええ、そんなもんなんですよ。あっ、電話がかかってますので失礼します」
「芦沢君、その川で子供たちを泳がせることはできんのだろうか」
「はい、文部大臣、検討の余地はあると思いますが、それよりもやはりサーモンを上らせることで自然や命の尊さを教えることの方が大事なのではないかと思いますが」 「そうか、分かった。では、その方向でできるだけ速やかに対応してくれたまえ」
「はい、承知いたしました」
「芦沢君、その川なんだけど、飲み水としては大丈夫なんでしょうねぇ」
「あっ、厚生大臣、飲料水として提供するつもりは全く今のところ考えていません。もちろん淡水化装置で造った水ですから飲料水として使用可能ですが」
「もしそうなら、飲料水として地域住民に還元するというのはどうなんでしょう」
「公式には無理ですが、非公式にはそういうことになっていくと思いますよ。なにしろ、目の前に水が流れている訳ですから」
「そうなった場合の安全性の保証という問題が発生することになりませんか」
「大臣、このような時期にそんな問題は発生しないと思いますが。水が流れていることだけでも奇蹟的な光景になるはずですし、それを飲むとどうなるかという問題は二の次なんじゃないでしょうか」
「はたしてそうだろうか。うん、そうならいいんだが。そうだよね」
「大臣、切らして頂いてもよろしいでしょうか」
「うん、そうだよね」
「芦沢君、今回の河川再生法なんだが、ひな型として研究させて貰えんだろうか」
「はい、通産大臣、それは一向に構いませんが」
「砂漠化は世界中で進んでいるわけだが、そのような国に対するODAとしても活用していくよう政府に働きかけたいと思うんだが」
「大臣、外国よりも自国で活用すべきでしょう。国民は輸入飲料水など飲みたくはないと思いますが」
「おお、それはもっともだな。これをひな型として研究するように外国から研修生を呼び集めることにしよう」
「大臣、そんな税金を遣うくらいなら、他の市町村に一か所でも二か所でも導入すべきなんじゃないんですか」
「うん、それもそうなんだが、管轄が違うんでな。いや、じゃ、どうも」
キャンペーン本部の電話は鳴り続け、芦沢もまた西山の兄や斎藤と同じようにテレビ画面に登場しない日がない毎日を送っていた。芦沢が登場する時間は、朝、昼、晩の一日に三回と決まっていたが、その時間には何とか一言芦沢と喋りたいという視聴者からの電話で回線がパンクするのが日常となっていた。 芦沢がキャンペーン本部の中継室から出てくると携帯電話が鳴った。その番号はごく限られたスタッフにしか教えていない、芦沢のプライベートな電話番号だった。出ると斉藤だった。パソコン画面を見ろと言う。
芦沢が中継室の隣の部屋のパソコンを覗くと、E-メイルが届いていた。開けてみると斉藤からのメッセージに続いて、中継画像が流れてきた。画面には非連続的な映像ではあるが、何が映っているかは十分に判明した。芦沢はその映像を見た途端、
「来た!」と叫んでいた。
「見たか」
「ああ、どこで撮ったんだ」
「新潟沖だ」
「やったな。これで放水が始められる。サクラマスの遡上にも間に合うかもしれねぇ」
「芦沢さんよ、あんたは運がいいぜ」
「斎藤さん、俺は今回はヤラセはやっちゃいねぇぜ」
「ああ、確かにな。だが、回りが寄ってたかってヤラセをやってくれてるって訳だ」
「斎藤さんよ、面白ぇもんだな、世の中って奴は。現実そのまんまにゃあ皆がうんざりしてるんだよな。日本中水がなくて飲み水もねぇってのに、鮭を川に上らせるためにゃあ金を惜しまねぇ」
「日本中、偽善者だらけだ」
「斎藤さんよ、そりゃ違うぜ。自分の本当の姿を見るのは辛いもんなのさ。飲み水に困ってるからこそ、魚のために川を造るっていう理屈が成り立つのよ」
「不幸な人間ほど他人に優しいって奴か」
「ああ、とことん不幸でなきゃそうはなれねぇけどな。貧者の施しとでもいうのかね」
斎藤は鼻を鳴らすと電話を切った。ディスプレイには銀色に輝く大型魚の群れが映し出されていた。例年なら八月にならなければ姿を見せることのないシロザケの走りの映像だった。「いつ来るか分からない。来たらすぐに知らせてくれ」そう、斎藤に言っておいた映像だった。
これで四、五、六の1クールに続いて七、八、九の1クールにそのままつないでいくことができる。しかも、鮭の遡上に向けて番組を盛り上げていくことができる。新潟沖を群泳している群れは、一ヵ月後には能登半島沖に姿を見せる筈だ。いや、河口に水の匂いのする川は水無川しかない訳だから、その匂いを追ってもっと早く福井沖に姿を見せるかも知れない。
一ヵ月後に遡上させるとすれば、すぐに放水を始める必要がある。だが、セレモニーの準備などを考えれば放水までに一ヵ月はほしい。すると河口のゲイトを開けるのは二ヵ月後ということになる。七月中旬に放水セレモニー、二つの村の合併による新町名の発表と水無川と水無山の新しい名前の発表。当選者は招待して大々的に派手に表彰しなければ。首相を始め各後援省庁に全国首長の招待。各国代表者の招待。両陛下の臨席も必要になるかもしれない。これに水位が上がっていくのに合わせて色々なイベントが絡んでくる。そして、八月の中旬にゲイトオープンで遡上開始。番組の方も河口から下流、中流、上流と追っていけばいい。
もうすでにこの頃には番組を放映する必要などなかった。国民はこの小さな川にこの国の希望の全てを託していたし、政府もあらゆる援助をすることを惜しまなかった。斎藤の操るカメラの映像はNHKを始め全てのテレビ局の映像として全国に流され、日に日に進行していく水無川の工事の様子でさえ、あたかも国家建設の息吹を伝える映像のように熱を伴ってブラウン管の向こうに輝いていた。
予定は大幅に前倒しされ、放水セレモニーは六月末日におこなわれることになった。学校は長い間休校になっていたし、役所は月、火、水の三日しか開いていなかったし、企業もそれにならおうとしていた。政府も国民も、このキャンペーンの進行に全ての期待を掛けていたし、とにかく早期の放水に最大の関心が集まっていたのだ。

3-3
ゲイトのオープンは七月十五日に決定した。一ヵ月の予定が半月になった理由は単純だった。水無山までのパイプラインに加え、水無川の中間地点までのパイプラインの増設が行われ、二系統のパイプラインの敷設と、海水淡水化装置の増設がおこなわれたからだった。流量調節のための設計という名目で、西山の兄が有り余る予算を消化するために考えだした方策だったのだが、これが思わぬところで役に立ったことになる。
セレモニーに関連する行事スケジュールが発表されると、各テレビ局には毎日電話とファクスを通じて膨大な数の応募が寄せられ始めた。すでに交通網の寸断は完全な状態にまで進行していた。地方都市は孤立し、情報源としてはテレビとラジオに頼るしかなかったために、どの局でも時間帯にかかわらず高視聴率をあげていた。
都市部の沈下はますます進行し、それは公共施設にも及び、沈下してしまった自宅の救援を訴えようとしても、消防署にも警察にも連絡が取れなくなってしまっていた。都市の機能だけでなく、行政システムそのものが全く機能しなくなりつつあったが、その代わりに、町内会の活動が活発化し、小さな単位ではあるが有効な動きが見られ始めた。
年明けから半年、尻上がりの二次曲線に乗って一気に川のオープンにまで漕ぎつける目処がたった訳だが、それは、渇水の被害の進展と軌を一にしていた。もし、被害が緩和されるような事態が起こっていたなら、この企画自体が潰れていたかも知れないのだ。そう思うと他人の不幸を食い物にして成り立っているような企画だともいえるが、芦沢にも牲にしたものがなかった訳ではなかった。
その中でもキャンディとの別れは最大の代償だった。元はと言えばアウトドア作家荒木を番組の狂言回しとして担ぎだすためにキャンディにつないで貰ったのだが、今では大物作家や大物タレントが向こうから手を挙げてくるようになり、出演者選びはより取り見取りの状態になっていた。最初からこうなると分かっていれば、荒木などには固執しなかったのだが、それは半年前には全く読めなかったのだから仕方がない。だが、それが、キャンディの店が潰れなければならない理由には到底ならなかった。
荒木を降ろしたのがちょうど1クール分の撮影を一ヵ月分残した四月末。撮影の進行に伴い、カヌーに乗った荒木が北海道沖から南下し新潟沖辺りにまで下ってきた頃だった。斎藤からの連絡で荒木がギャラのアップを要求していることが分かった。人気番組になっていることを察知しての荒木らしいリアクションだった。おとなしくしていれば、最後までレギュラーの一人として使うつもりにしていたのだが、すでにこの頃には芦沢の元には荒木に取って代わろうとする作家や俳優からの申し出が殺到していたことが荒木には災いした。まさか「じゃあ結構です」という言葉を芦沢から聞こうとは思わなかったはずだ。
だが、この後荒木がキャンディに嫌がらせを始めるというのは芦沢には読めなかった。始めは店に入りびたる程度だった。その内にキャンディに逆恨みの情を募らせ、酔った挙げ句にキャンディのマンションまで押しかけ殺害に及んだのだった。他のニューハーフとは違い、大事に残してあったキャンディの性器は無残にも切り取られ、美しい顔は切り刻まれ、荒木の恨みが半端でなかったことを思い知らされたときには全てが遅かった。
それまでに何度もキャンディから連絡を貰っていたのだが、多忙さにかこつけては約束をすっぽかしていた。「あたし、荒木に殺されるかも」-そう言って電話がかかってきたのを、つい先日のことのように思い出す。俺は荒木と一緒にキャンディを棄ててしまったのかも知れない、と芦沢は葬式にも出席できなくなった身分になっていることを悔やみながらも一向に湧いてくる気配のない罪の意識を探しあぐねた。しかしそれもほんの二、三日のことで、過密スケジュールが芦沢の記憶にそれを留めておくことを許さなかった。
六月二十九日朝。放水セレモニーの前日、芦沢は新しく建設された町立ホテルの宴会場にいた。会場には首相以下後援省庁の大臣、各国の来賓、両村の村長、両村民の全員、各地方自治体の首長、近畿電力の役員が参列していた。そして、クライアントの木下と会社の役員、プロダクションの山田社長、カメラマンの斎藤、アシスタントの西山、広告代理店の村田と役員、芦沢のTV局の松下制作部長、森副部長、林課長と役員、西山の兄と母親が晴れがましい顔を揃えている。新町名、新河川名の応募者と全国からペットボトルや牛乳ビンに水を入れて運んできた全国の小学生たちも列席していた。会場に入りきれなかった人たちはホテルの庭の特設会場に集まっていた。
3-4
ホテルの庭の特設会場には大型液晶モニターが設置され、会場の様子が映し出されていたが、これとは別に、ホテルの庭と会場に設置された大型3Dスクリーンには、世界中の干ばつ地のオンラインによる映像が流され、都市部での砂漠化の地球規模での進行をまざまざと見せつけた。黄河、ハドソン川、テムズ川、ガンジス川、メコン川、アマゾン川、ミシシッピ川、セーヌ川、ライン川。すべての川の河口部には砂煙が舞い、ひび割れた川床を見せたり、竜巻が元の川筋に沿ってかけおりてきたり、熱風に煽られて川岸の枯れた木々が燃え上がるさまを見せたりしていた。その日、会場に参列していたこれらの国の首脳はこのキャンペーンに対して熱い期待を寄せていることが窺えたが、中近東、アフリカ、オーストラリアの首脳たちの列席は見られなかった。
砂漠の中の都市は、かつてその都市が誕生したときの姿を甦らせたかのように、なみなみと水をたたえる川と緑に囲まれた田園都市へと、この一年の間に変貌していた。肥沃な大地に育まれた近代都市は降雨に見放され突然の砂漠化の道を歩み始め、数千年前に栄えた古代都市との交代劇が進行していることが明白になりつつあった。ロシアも参加していなかった。それもそのはずで、彼の地では厚く凍りついた永久凍土が融けだし、雪原は草におおわれ小さな花々さえ咲き誇るという、氷河期以前の風景が現出していたのだ。かつての南北格差に代わって、気候による新たな地域格差が生まれようとしていた。会場ではセレモニーを前にして、地球環境の大変化の真っ只中に居合わせていることが参加者に伝わっていった。
首相の挨拶に続いてアメリカ大統領が祝辞を述べた。数百年の間考えられもしなかった小さな二つの村の合併劇が実現しようとしていることをほめたたえるとともに、その日、会場に列席している国々は同じ問題を抱えた国同士としての連帯を図るべきであると締めくくり、会場は大きな拍手に包まれた。小さな二つの村の合併劇は、地球規模での連帯のシンボルとして祭り上げられようとしていた。
ホテルの庭は続々と到着する参加者であふれはじめた。地盤の沈下により交通網は寸断されてしまい、人々は徒歩でしか移動することはできなくなっていたにもかかわらず、あるいは線路伝いに、あるいは海岸沿いに、延々と歩いて会場に向かっていた。それぞれザックの中にペットボトルなどの容器に詰めた飲み水と食料を持って黙々と歩いていく人々の列が続いていた。そして、日本中から水無川を目指して集まってきた参加者の数はすでに昼前には五万人を突破していた。
ホテルの庭に入りきれなくなった参加者は、やがて水無川の上流部に向かって移動しはじめた。最も上流部には水無山の頂上に水を汲み上げるための施設が地下に建設されており、水無山の頂上からは急な斜面をなだらかにならしながら造られた溝が水無川へと自然なカーブと傾斜によってつながっている。西山の兄が造った溝。数百年の怨念の歴史を断ち切り、二つの村人の心をつなぎ合わせる溝が水無川と合流した場所が放水のメイン会場だ。人々は翌日のセレモニーを待ち受けるために、メイン会場に向かって移動し始めた。
その頃、ホテルでは合併後に生まれる新しい町の名前が発表されていた。二つの村の名前から一文字ずつ取った案や、全く関係ない夢や希望や望みやの案の中から、初めて日本で鮭釣りが許された川であることと世界的にも通じる音であるということから「沙門町」と「佐門町」と「サーモンタウン」とが残ったが、誰にもそのまま読めるということと片仮名表記がシャレているという理由で「サーモンタウン」という何ともダイレクトな町名が選考会で決定していた。これに伴い、水無川と水無山の新しい名前も「サーモン川」と「サーモン山」という何ともこれまた分かりやすい名前に決定し、五百四十六万五千六百七十四通の応募者の中から、十二人の同一解答を寄せた応募者が壇上に並び、農水大臣から記念品と賞金を受け取ったのだった。 ホテルでのセレモニーが終わり、参列者全員に昼食が振る舞われている頃、後から集まってきた参加者は上流部には収まりきれずにすでに中流部にまであふれはじめていた。そして、夕方の前夜祭が始まる頃には中流部からさらに下流部にまで人々の波はあふれ、すでに十五万人を突破したことが分かっていた。その数は二つの村の全人口の百倍に当たる数だった。
夜七時を回りブルーの空が闇に溶け込む頃、一発目の花火が打ち上げられた。それに続いて、夜空一杯に大輪の花々が咲き誇るかのようなあでやかな輝きが、鄙びた山里に集まった人々の群れの上に明滅した。一時間に及ぶ花火が終わり、一瞬の闇が訪れた後、上流から下流に向けて両岸に光の帯が走った。洋風の街灯に灯が入り、二筋の遊歩道が浮かび上がり、それははるか彼方の河口まで続いていた。
セレモニー会場では特設ステージで本場のジャズバンドの演奏が始まった。この頃になると、すでに川のほとりを通って会場に入ることができないほどにびっしりと人の波でおおいつくされていた為、来賓たちは最上流部から迂回して会場入りしなければならなかった。川岸の所々に設けられた町営のオシャレなレストランや休憩所は常に満員で、いつまでも長い長い列がとだえることがなかった。夜中になって、来賓たちがホテルに引き上げてしまっても人々の動きは止まず、嬌声と怒号とが星空にこだまする中、バンド演奏は夜を徹しておこなわれた。
3-5
明けて六月三十日朝。川岸にはびっしりと張りつくように参加者の群れがうごめいて、セレモニーの開始を待ち受けていた。参加者は朝までには三十万人を記録していた。たった一本の川の両岸に地方都市の人口に匹敵する人々が押しかけたことになる。文字通り老若男女の集まりだが、それらの人々は何かに憑かれた者独特の顔つきに見えなくもなかったが、それは川を慕い、流れに憧れた人々の一途な表情のせいに違いなかった。何しろ、水が流れる川を人々は一年以上も見ていなかったのだ。
午前九時。天皇皇后両陛下の列席を仰ぎ、セレモニーが開始された。川岸に集まった三十万人の参加者による君が代の斉唱は山々にこだまし、少しずつずれながら波のように押し寄せ、重なりあい、渦を巻くように上流部から中流部、下流部へと下っていった。
陛下のお言葉に続き、首相、後援省庁の大臣、来賓、二人の村長の挨拶が終わると、いよいよ放水の神事が始まることになった。サーモン山の頂上でとりおこなわれる放水の神事のために、両陛下に続いて関係者が頂上に向かう石段を上っていった。その様子は、セレモニー会場に設置された大型3Dモニターと、中流部に設置された大型液晶モニターによって参加者に伝えられた。
神主が祝詞をあげる様子がモニターには映し出され、上流部のセレモニー会場の壇上では、全国から集まった小学生たちがめいめいにペットボトルや牛乳ビンに入れた水を用意して待ち構えた。両村の村民に混じって、巡礼の衣装を着けた一行、老人たちの一行、僧侶の集団、漁協関係者、農協関係者、地方自治体の首長たち視察団の一行などが壇の下には集まっていた。
祝詞に続き陛下の詔を賜り、両村の村長は歩み寄りお互いの手を握りあった。その握手は、数百年のわだかまりをまさに水に流すための握手であった。続いて二人は一枚の紙に書かれた宣誓の言葉を二人で同時に読み上げた。読み進むにつれ二人の両手は震え始め、声がかすれ始めたと思うと喉を詰まらせた。水によって途絶えた隣同士の村の交流が水によって始まるということに対する深い感慨の念が、同時に二人の村長の胸にわき上がってきたようだった。二人が辛うじて声にならない声で最後まで読み上げてお互いの肩を抱く映像がモニターに流れたとき、人々の口から万歳という声が上がった。その声は次第に大きな声へと増幅されていった。両手をあげ万歳と叫ぶ声はサッカーを応援するサポーターたちのウェーブのように上流から中流へ、そして下流へと伝わっていった。
カナダ首相の来賓挨拶が始まると、大型3Dモニターと液晶モニターにはカナダの川を遡上するサーモンの映像が映し出され、続いてコンピュータグラフィクスによって制作された「サーモン川」に水が満たされていく映像に変わった。水が徐々に満たされ、やがて幾つかの小さな流れとなり、その流れが一つになり、流れていくあいだにまた幾つかに分かれ、それがまた合流して大きな流れになる。それを繰り返しながら下流へ下流へと流れていく。やがて、川岸まで豊かに満ちてきた川面にそよ風が立てるさざ波が現れるとみるや、その波の間からピンクの婚姻色に染まったサクラマスの群れが現れ画面一杯に広がった。サクラマスが身をよじりながら遡上し、ジャンプしている映像に、始めのカナダのサーモンの映像がオーバーラップすると同時に挨拶が終わった。その瞬間、川辺を静寂が支配し、やがてそれは大きな拍手へと変わっていった。
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